診療所経営の教科書を読んで

【所員:野中】

 

 

著書名:診療所経営の教科書
監 修:大石佳能子 (株式会社メディヴァ代表取締役)
著 者:小松大介  (株式会社メディヴァ取締役)

<要旨>
健全な診療所経営を行うためには、経営の指標となるミクロな視点の数字を知り、正しく解釈することが必要である。同時に、10年後、20年後も生き残るために、マクロな視点で将来起こりうるシナリオを想定し、その対策を考えておくことが重要である。

<内容>
第1章 数値で読み解く診療所経営

1. 診療所経営の指標となる数字・・・ミクロな視点
(1) 外来患者数は1日平均40人            (1. 診療所経営の概略)
・診療所の外来患者数は1日平均40人が目安。診療時間にすると1人当たり10.5分。このうち実際患者さんと対面する時間は5分。患者さんが満足するぎりぎりの時間を確保できる。
・平均的な内科診療所で1人当たりの単価を5,200円程度とすると月額520万円、年収6,240万円となり、収入面でも1つの目安となる。
(2) 粗利の構成は、初・再診料と医学管理料で約5割   (1. 診療所経営の概略)
・診療所の外来における粗利は初・再診料が30%、医学管理料が18%である。
・医学管理料は診療科目や疾患の種類、治療方法によって点数が変わるため、その内容により外来患者1日当たりの単価が変わってくる。単価に2倍の違いがあれば、同じ売り上げをあげるのに2倍の患者数が必要となるため、単価を知ることは経営方針を決める重要な要素となる。(別紙1参照)
(3) 初診率は10%                   (2. 経営・臨床指標の目安)
・初診率はマーケティング戦略を考える上で重要な指標となる。
初診率が10%程度なのに来院患者数が少ない場合は患者さんの「認知」「試行」を促す対策を、初診率が高い場合は患者さんの「継続」を確保するための対策が必要となる。
(4) 損益分岐点は年収6,000万円            (3. 診療所財務の実態)
・平均的な内科診療所の変動費率は17%、固定費は年間4,709万円。これらから求めた損益分岐点売上高は5,673万円。
・経営効率をあげるためには固定費を減らすか、変動比率を下げる。
固定費を下げるには…
人件費の割合が最も大きいため、常勤をパートで補うなど人件費を抑える工夫をする。
変動費率を下げるには…
業者との折衝により医薬品の購入単価や外注委託費の単価を下げる
(5) 借入金は売上高の1.5倍まで           (3. 診療所財務の実態)
・医療機関を健全に経営するためには借入金の金額を意識的にコントロールする必要がある。適正な借入金額は売上高の1.5倍までが目安。
・貸借対照表の見るべきポイント
① 自己資本率は10%以上が望ましく、5%が下限
② 総資産に占める負債の割合は70~80%が上限
③ 流動資産が流動負債より大きいことが望ましい
(6) 人件費は売上の50%以内              (4. 労務にまつわる事実)
・医療機関の利益率(経常利益率)は病院で5%前後、診療所で5~10%。この利益率を確保するためには人件費は50%以内に抑える必要がある。

<コスト構造の目安>
医業原価
10-20% 人件費
50%以内 賃料
10% 設備投資
10% 委託費
7-8% 利益
5-10%

・看護師の平均年収は増加傾向にある。また、医療業界の年間の離職率は15%で全産業の平均を上回り、人材の流動化が進んでいる。離職率が15%より高い場合は組織の運営や経営上の問題を抱えていることを意味する。

2. 医療業界の動向を知る数字・・・マクロな視点
(1) 患者の来院頻度は平均2週間に1回        (5. 患者の動向)
・薬の処方日数制限の緩和や医療費の自己負担率の引き上げなどにより、患者の来院頻度は減少する傾向にある。

<患者数、延べ患者数の比較(診療所・外来)>
社会医療診療別行為別調査より
2011年 2016年
患者実数(万人) 4,945 6,004
患者延べ数(万人) 8,498 9,442
患者1人当たり月間来院頻度(回) 1.7 1.5

・患者数は2020年頃に転換期を迎え総患者数は減少に転じる。
外来患者数は2020年にピークを迎え、その後減少に転じると予想されている。このため、医師や看護師が過剰となる状況がやってくる(別紙2参照)。これに伴い、医師1人当たりの外来患者数も減少し、2002年の24.9人に対して2035年は21.1人(15%減少)となる見込み。
(2) 30万人の看取りができない            (6. 在宅医療の実態)
・2020年に亡くなる方は約140万人。そのうち病院で亡くなる方は約90万人。自宅での看取りは20万人。つまり、約30万人が新たに在宅での看取りが必要となる。
一方、在宅療養支援診療所は一般診療所数99,721件に対し12,487件のみ(2010年)で約1割程度。
・在宅療養診療所が増えない要因は、営業(集患)面の不安、医療面の不安および24時間365日対応の負担。
(3) 1日に訪問する在宅患者数は6~7人        (6. 在宅医療の実態)
・外来患者数1日平均40人と同じ利益を在宅患者のみで出すための患者数は57人。平均訪問回数を月2.5回と考えると1日6~7人訪問する計算になる。
・売上は低いものの、家賃や設備投資などの固定費が少ないため、外来診療より収益性は高い。
(4) 診療所の開業は年5,000件             (7. 医療機関の動向)
・診療所の開業は2005年の6,100件(うち新規開設5,750件)をピークに減少。一方で廃業する診療所数も増加。過去20年間、平均680件/年のペースで増え続けてきた診療所数は横ばいとなりつつある。
※参考 平成28年の診療所の増減数(2016年医療施設調査より)
新規開設・再開件数 7,448件
廃止・休止件数  6,914件
増減数 +534件
・医療機関の倒産は年間約50件
(5) 認知症の患者数は2030年に350万人に       (8. 患者動向の変化を見通す)
・認知症患者は2010年時点で200万人程度と推測され、今後20年で350万人になる見込み。これは、2030年における生産年齢人口6,700万人の19人に1人に相当する人数。
・認知症患者の半数以上は、自宅や住居型施設での介護が必要となる。その中で、かかりつけ医の役割として、認知症の早期症状を見極めて早めの対処を促すこと、病院の役割として、認知症の確定診断を早期に行い適切な治療へ導くことが求められる。
(6) 2024年には老年人口割合が30%に       (9. 日本の構造変化を甘く見ない)
・人口構成の変化により医療ニーズも変化する。
高齢者向け医療の急激な増加と入院患者の増加、出生数の減少に伴う小児科ニーズの減少、介護ニーズの増加。
・医療費財源の減少に伴い、医療費の削減に向けた診療報酬のさらなる抑制が予想される。
(7) 2025年度の国民医療費は54兆円        (9. 日本の構造変化を甘く見ない)
・国民医療費は、2010年の37兆円から2025年には54兆円へ増加する見込み。
(※参考:2016年は41兆円)
・医療費抑制のための施策
① 介護保険等への国民医療費の付け替え
② 診療報酬の対象となる疾患の制限

第2章 事例で見る診療所経営のポイント

1. 本当に効果のある増患対策
集患は立地で4割、医師で3割
(1) 立地
必ずしも駅前である必要はなく、地域の患者さんに便が良い場所であることが大切。また、強い競合がいないことも立地条件として重要である
(2) 医師
基本は医療の質であり、その要となる医師がクリニックの一番の売りとなる。
得意分野を活かすことと、丁寧な診察、患者さんの話の聞き方、納得のいく伝え方などの診療スタイルが重要なポイントとなる。
(3) マーケティング
<医療機関のマーケティングの概念>

① 「認知」を促す対策
地域住民へのアピールが何より大事。どの手段を取るかは、クリニックの立地や地域の特性によって選択する。
(例)チラシの配布、商店街・老人会等への顔出し、フリーペーパーによる医療情報発信、地域住民向けの健康セミナーなど。
② 「試行」促す対策
医療機関は患者さんにとって親しみにくいもの、できれば関わりたくない存在であることを意識して、患者さんの心理的抵抗を和らげる対策を練る必要がある。
(例)メルマガの配信、定期健診やインフルエンザ予防接種、園児検診・産業医の受け入れなど
③ 「継続」・「紹介」を確保する対策
患者さんに心地よさを感じてもらうため、スタッフ全員の努力が必要となる。
(例)受付の電話対応・接遇改善、看護師の問診の取り方・注射の仕方等の改善、カルテの開示などによる丁寧な説明、待合室の改善

2. クリニックにおける競合と連携
(1) 強い競合には近づかず、自分が強い競合になる。
医療機関と患者さんの関係は、強固で安定的であるため、患者さんはめったなことでは医療機関をスイッチしない。このため、新規開業時には十分な市場調査で競合の状況を確認し、競合相手には近づかない。逆に、競合となりうる医療機関が多く存在しても、そのいずれもが手強くない場合には新規開業を検討する余地がある。
(2) 連携の可能性
① 専門性を補う
② 高額設備・施設の共同利用
③ 在宅医療
④ 遠距離連携
(3) 生き残るための戦略
個々の医療機関ではまかないきれない医療を他院とのネットワークによって総合的に提供することは、個々の医療機関が生き残るうえで重要な戦略となりつつある。ただし、自院ならではの特徴・役割が明確でなければならない。つまり、一定の専門性や時間・地域といったその他の要素において他院との差別化が必要となる。

3. 人事管理・労務管理
(1) スタッフの雇用の安定と生産性の向上が課題
労働生産性を上げる要素は、スタッフの定着と業務に対する慣れとチームワーク
(2) 人間関係がスムーズな職場を作るポイント
① 経営者や管理職が職場の雰囲気について明確な方向性を持ち、且つ定期的に発言すること。
② スタッフ同士がオンタイムとオフタイム、それぞれで話し合いの場が持てること。
③ 職場の雰囲気を悪くするスタッフに対して、経営者や管理職が毅然とした態度をとること。

4. コストの適正化
(1) 医療機器の投資判断は採算性と戦略
損益分岐点によって、採算の取れる売上高や患者数を算出し、その見込みが立つかで判断すべき。また、採算性が採れない場合でも、医療機関の安全性や安心感というブランドにつながるなど副次的な効果がある場合は、戦略としての投資もあり得る。
(2) 仕入れ価格、委託費のコスト削減
業者との価格交渉は時間をかけて粘り強く行う。
① こちらの要求を一方的に伝えるのではなく、相手の話を聞く姿勢が大事。
② 値下げを説明できるロジックが必要
③ 対抗馬を用意して比較しながら交渉を進める。
(3) 人件費の適正化
人件費は医療機関にとって最大の出費。
<人件費適正化のポイント>
① 公平で納得性の高い人事考課の仕組み(加点方式の人事評価制度など)
② 定期的な人事評価のフィードバック(個人面談など)
③ スキルアップに応じた定期昇給、働きに応じた報酬
④ スタッフの個人的な事情を加味できる柔軟な制度運用(時短勤務、シフト編成上の配慮)
⑤ 効果的な福利厚生制度の導入(保育手当など)

5.  地域に根差した展開
(1) 在宅医療・訪問診療を真剣に考える
外来保険診療のみではいずれはリスクとなる(診療報酬の削減、対象疾患の削減など)。一方、在宅医療・訪問診療の需要は増え続けている。1人の医師が24時間365日対応を継続的に行うことは厳しいため、複数の医師・医療機関が連携するケースが増えている。
まずは往診から始めるなど在宅医療への取り組みを始めておくこと重要。
(2) 認知症への取り組み
通所介護・通所リハビリ施設の競争が激化し、多様化する中、医療機関が運営する施設は医療上のリスクが軽減され、重度の疾患にも対応できるのが強みとなる。
特に、今後は重度の認知症を対象とした認知症デイケアのニーズが高くなる。
(3) 高齢者向け住宅との事業連携
病院の病床や特老・老健といった介護施設の不足により高齢者向け住宅の需要が高まる。そうした高齢者向け住宅で医療・介護従事者が多数必要となるため、医療機関が事業提携する意味も大きくなる。

 

 

 

(記事)【所員:野中】

 

 

 

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